紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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「害虫防除の常識」   (目次へ)

3.害虫の発生状況の調査法と予測法

 6) 害虫の発生時期予測の計算の仕方と予測上の課題

(1)有効積算温度を計算する種々の方法

 害虫の発生時期は、前述のように有効積算温度の法則を用いて予測できる。予測モデルとプログラミングができれば、性能が良くなったパーソナルコンピューターを利用して容易に発生時期の予測計算を行うことができる。

 予測の仕方として、毎日の有効温量(H)を積算して、有効積算温度(K)に達したら予測した発生時期に到達するというものである。この場合に昆虫の発育は、@発育零点(T0)以下では発育しない、A発育適温域では温度に比例して発育が進む(T0〜Tmax)、B発育適温域を超える高温域では発育が遅延する(Tmax〜Tstop未満)、C更に高温となると発育が停止する(Tstop以上)という4段階に分けられる。

 発育開始第i日目の有効温量(Hi)と発育速度(Vi=1/Di)との関係については、
   ViHi/K

と定義する。すなわち、第i日目の発育速度とは、予測対象とする発育段階を完了するのに要する有効積算温度(K)に対する第i日目の有効温量Hiの比率として表わされる。従って、1日の有効温量が大きいほど発育速度は大きくなる。

N日間を経過して発育段階が完了したとすれば、
   ΣHi=K  ただし、i=1〜N
   (ΣHi/K=1

 従って、発育完了日(発生予測日)を知るためには、
(ア)毎日の有効温量Hiを計算し、これをN日間積算してKとなる日を求めるか、
(イ)Viを積算して1となる日のいずれかで計算すればよい。

 上記(ア)の有効温量(Hi)を求める方法としては、1日のうち温度がTstop以上およびT0以下の時間の有効温量は0、Tmax〜Tstopの時間の有効温量は(TmaxT0)、T0〜Tmaxの時間の有効温量は(Ti−T0)に比例するとして、これらを1日分合計して有効温量を求める。

 上記(イ)の方法では、横軸を温度(T)、縦軸を発育速度(V)とする発育速度曲線を描き、毎時の気温から毎時の発育速度を求め、これを24時間分集計し、24で割って1日の発育速度を求める。これを毎日繰り返し、ΣVi=1となったら予測対象とする発育段階の完了日(次の発育段階の開始日)とする方法である。この方法では、発育適温範囲以外の温度に比例しない部分の有効温量をより正確に反映させることができる(下図)。

  次に、有効温量を用いて予測する方法について説明する。この方法には、平均法、三角法、正弦法、修正余弦法、アメダスデータ利用法がある。

A)平均法
 1日の最高気温と最低気温の平均値から発育零点を差し引いて、1日の有効温量を求める。この場合には、下記の条件を当てはめる。すなわち、
  T<T0、T>Tstopの時、  H(有効温量)=0
  T0<T<Tmaxの時    H=T−T0
  Tmax<T<Tstopの時    H=Tmax−T0

 (B)三角法(坂神・是永、1981
 まず、1日の最高温度および最低気温を示す時刻を定める。当日の最低気温から翌日の最低気温までを1日とする。2つの最低気温と最高気温を結ぶ2直線と、発育限界温度(T0、Tmax、Tstop)とによって作られる図形の面積を計算して1日の有効温量を求める(下図)。

三角法による有効温量の計算では、平均法や下記(C)の正弦法よりも10分毎のアメダスのデータを用いて求めた有効温量に最も近い値を示したと報告されている(坂神・是永,1981)。この方法では、1日の有効温量を求めるために、小三角形や台形に分割して面積を求めるが、それらの図形のパターンは30通りとなる。このため、三角法を用いる場合には、面積を求める多数の計算式を作成する必要があり、プログラミングがやや煩雑となる。


C)正弦法(Watanabe1978
 正弦法では、最高温度を正弦曲線(sine curve)の頂点とし、最低温度を正弦曲線の底(初期位相)とし、正弦曲線で囲まれた部分の面積を計算し、1日の有効温量とする。この場合にも、Tstop以上およびT0以下の有効温量は0、Tmax〜Tstopの間では温度をTmaxに固定して(Tmax−T0)を計算し、(T0〜Tmax)では(T−T0)を合計して、1日の有効温量を求める。

 D)修正余弦法
 修正余弦法では、三角法と同様に、まず1日の最高温度と最低温度の時刻を設定する。次に、1日の気温変化を最低気温から最高気温に至る曲線と、最高気温から最低気温に至る曲線とに分けて、余弦(
COS)曲線で表し、この曲線から1時間毎の気温及び有効温量を求め、得られた有効温量の合計を24(時間)で割る。この方法では、毎時の気温を推定でき、毎時の気温から毎時の発育速度を求めることが出来るので、上記(イ)の発育速度を積算する方法を使うことも出来る。また、午前0時で前後の日付に有効温量を割り振ることも出来る。

 E)アメダスデータ利用法
 気象庁は、全国の気象観測点の10分毎および1時間毎の気温等の気象データを提供している。これを用いて、例えば、1時間毎の気温から1時間毎に有効温量を求めて合計し、これを24(時間)で割れば1日当たりの有効温量が求められる。この場合にも、発育零点、発育遅延温度、発育停止温度を組み入れて計算を行う。アメダスデータを利用するためには、データの購入費用が必要である。

(2)発生時期を予測する上での課題

@
気象予報の精度
 害虫の発生時期を予測する上で、現時点(予測開始時点)までのデータは温度測定をすることにより、あるいは、アメダスデータを利用することによって取得可能である。しかし、現時点以降の気温推移の予測については、気象予報に負うところが大きく、その精度によって左右される。民間会社では気象庁の予測を利用しつつ、独自の判断も加えて予測している場合があるが、害虫発生予測においてもそのような試みが必要となろう。

A予測に用いるデータの整備
 気温の予測値については、まず、過去数年〜10年以上の気温(毎日の最高気温及び最低気温)の推移をデータベースとして準備する。次に、予測開始時点までの当該年の気温データを入力する。そして、害虫の発生時期予測に当たっては、今後の気温の推移を、平年値、平年よりもかなり高い、平年よりやや高い、平年よりやや低い、平年よりかなり低いなどと予測して、データベースから過去の類似の気温推移データを選び出し、これを予測に用いるという方法がある。この場合にも、害虫の発生時期における気象庁による気象予報が重要である。

B気温測定結果と害虫生息環境の微気象の違い
 害虫の体温が、気温と異なることが十分に考えられる。例えば、害虫の幼虫や蛹時代の生息場所が土中であった場合には、気温と一定の深さの土中の温度との関係を調べて、気温に補正を加えて計算することになる。また、害虫が直射日光を浴びる行動を示す場合には体温が上がるので補正する必要がある。このような気象観測をして得られた気温と害虫生息場所等の微気象との違い、ないし体温との違いは、発生時期の実測値と予測値との差となって現れる。

C実際に行われている発生時期の予測計算

 全国の都道府県には病害虫防除所があり、紀伊半島に位置する三重、奈良、和歌山県にも設置されている。病害虫防除所では、各作目の病害虫の発生状況と発生予測(発生時期および発生量)を行い、ホームページに掲載し、農協、市町村等関係者へ連絡している。

 この場合に、害虫の発生予測においては、フェロモントラップ、見取り調査等での誘殺ないし観察数の推移を調べ、これと平年値と比較しては発生時期が早いのか遅いのか、発生量が多いのか少ないのかを図等で示している場合が多い。概して、実測して発生量を把握し、短期間の予察を行っている例が多く、中、長期的な予察を理論的に行うようなことはあまり行われていない。また、各県は日本植物防疫協会のコンピュータに置かれた予察システムも利用して計算し、必要に応じてその結果を発表している。なお、日本植物防疫協会のこのシステムを利用する場合には費用が必要である。
 独立行政法人農研機構の野菜茶業研究所では、茶の生育と茶害虫の発生時期を自動的に計測し、それらが有効積算温度に達する時期、およびその少し前に、これらを表示する装置を開発し、フルタ電気(株)が販売している。これを使えば、茶の新葉の生育時期や害虫の発生時期が表示され、簡易にそれらを知ることができる。この装置を使えば、パソコンに気温をいちいち入力して計算しないでも
、前もって発育零点等の条件を設定しておけば、リアルタイムで有効積算温度にもうすぐ到達するのか、あるいは到達したことが装置に表示され、対象とする発生時期等が極めて簡易に分かり、便利である。現在のところ、チャンネルが2つだけであるので、一度に有効積算温度を把握できる害虫数が限られる。この装置では、リアルタイムで発生時期を把握できるが、対象害虫の発生時期よりもだいぶ前の時期での予測は困難であること、チャンネル数を増やした装置のコストをどこまで下げられるのかが課題であろう。 


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